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「近所に設計事務所ができると嬉しいのだろうか」
市街化調整区域における弊社建築設計事務所のリノベーション計画(兼用住宅)である。
PJの根底的な考え方として適切な寸法を考える前に適切な「距離感」を考えたいという想いがあった。
具体的な距離感の例として「設計者-来客者(施主・近隣住民・友人,知人・未来の施主)」という身の回りの距離感と、
「設計事務所-社会(施工業者,メーカー営業との打合せ・他業種の方・仕事上の関わりがない方)」という建築設計業界にまつわる広い視点が挙げられる。
効率的な作業スペースを確保する以前に、仕事の依頼をしない人にとってもメリットのある場づくりを念頭に置き
それぞれの距離感との違和感が生じない寸法によって設計することで「仕事を伝える・仕事が生まれる場」となるような在り方を検討した。
Site
計画地は神奈川県内唯一の盆地である秦野市。
幼少期まで振り返ってみると、小高い丘に登れば友人の家が見えて、
もう一段高いところまで登れば高速道路がのびていく先に新しい景色が見えてくるという発見があった。
わずかな上下移動の連続による散策的な視覚体験は設計者にとっての原風景でもある。
今回のPJ母屋と両隣の三軒並ぶ住宅は親戚関係にある。また、前面道路は南側の畑へ出入りする農家の車が通る主要な動線となっているため、
決まった時間帯にご近所の往来がある。身近なコミュニケーションのハブとなるべくどのようにデザインするかという課題があった。
かつてこの場所では大工業を営んでいたため、その際に平屋建ての木材加工場として増築され、更にその後に二階部分が増築されたという経緯がある。
場所のもつ歴史を踏襲しつつ、即興的に増えていった「建築の線」を整えていく必要があった。
Proposal – 1
地域の地理的な特徴と内部での空間体験を地続きな関係とするため、様々なレベル差(高低差)を設けることで小面積でありながら立体的に豊かな空間となるよう断面を計画した。
道路境界線に面する部分にはGL(地面から)+500mm程度の立体的な土間空間「アガリドマ」を設けた。
アガリドマは設計事務所という非日常的な場所への印象的なアプローチとして、地域の縁側として、季節の催事スペースとして
利用されることで人々の営みそのものが建物の顔となり事務所の前を通るたびに変化のあるファサード計画とした。
Proposal – 2
内外の連続性や大型引き戸の重量、全体的な予算感等を勘案してコンセプトはそのままに再度計画を行った。
カウンター位置を変更し、アガリドマと室内の関係性を見直した。
ゾーニングや空間の使われ方の手掛かりとなるようにシンプルなカウンターとローテーブルを計画した。
内部空間を機能で埋め尽くさないことにより意味性や建築的な意図を弱めることで、外部の地形からの延長のように感じられる曖昧空間を目指した。
具体的には部材の取り合いを目立たなく納め、マテリアルはトーンを制御して、カウンター天板は壁と同素材とする等の手段で空間全体の抽象化を図った。
チェア・スツールやスチールラックを設置するまではどこが打合せスペースでどこが執務スペースとなるのかが一見するだけではわかりずらいつくりとした。
Completed photo
数十年の歳月を纏う木造の柱を意匠として残すことで客人をもてなす和室のような空間となった。
シンメトリーの間口を活かし、大金や責任を預かる建築設計事務所という用途に相応しい適度な緊張感を併せ持つ空間を志向した。
執務デスク,打合せローテーブル,洗面化粧台,トイレ床は同素材とした。異なる行為を横断して同素材を知覚させることで
家具(機能-意味)を地形的(手がかり-無意味)に感じられるように意図している。
新たに設けた間仕切り壁を利用してワーキングガレージとした。模型作成やギャラリーイベントなど多用途に使用できる余白スペース。
仕事を伝える・仕事が生まれる交流の場としての設計事務所
カウンター高さはGL+1150mmとすることで執務スペースに着座した際には前面道路からの視線を遮り集中できるパーテーションとして機能する。
その反対側からはバーカウンターのような距離感が生まれ、打合せに満たない井戸端会議を誘発させている。
小規模なオフィス計画ながら、住宅のように人を招いたり、店舗のようにひらいた佇まいとすることで
訪れる人が自分事として設計事務所に対して関心をもつきっかけとなることを期待している。